なぜ、大阪城は太平洋戦争で名古屋城みたいに

Writer: admin Type: fidel Date: 2019-01-23 00:00
なぜ、大阪城は太平洋戦争で名古屋城みたいに天守閣が炎上しなかったのですか?アメリカのハルゼー機動部隊が大阪城天守閣を破壊炎上しようと焼夷弾で空爆したのに、なぜ、天守閣を炎上出来なくて、生き残ったのですか?姫路城みたいに命中したのに不発だったからですか?共感した0###昭和初期の再建で 鉄骨鉄筋コンクリートの建屋だったからでしょう。他の木造建造物は あちこち焼けてますからね。終戦間際の隣接する砲兵工廠を狙った1トン爆弾での空襲で 天守閣に当たって居たら 消し飛んでたかも知れません。私の叔父は 大阪の連隊で衛兵勤務をしててこの空襲で 足元に大きな破片が飛んできて九死に一生を得ました。ナイス0
###回答ありがとうございました。###まずは、この質問のキモは、「機動部隊が大阪城天守閣を破壊炎上しようと焼夷弾で空爆」って部分じゃあないでしょうか?まずはの結論としては「そんなことはなかった」からでしょう。「城」なんて、それだけで「空爆目標」になることは無いんで、「燃えた」のも「燃えてない」のも、いずれも「たまたま」です。ナイス0
###徳川氏が再建した大阪城の天守台の上に、豊臣氏時代の天守絵図を参考に再建した鉄筋コンクリート造の模擬天守だよ。歴史的価値は何もない。東京の神田明神は関東大震災で江戸時代からの本殿が焼失し、鉄骨鉄筋コンクリートで再建されて、東京大空襲にも耐えて、現在に至る。横浜駅も初代横浜駅(現桜木町駅)と2代目横浜駅の駅舎は関東大震災で、消失しているが、3代目横浜駅駅舎も鉄骨鉄筋コンクリートで建てられて、横浜大空襲にも耐えて、1980年まで使われている。現在の横浜駅は4代目。###大阪城の天守は、コンクリート製だからではないでしょうか。木造の伏見櫓、坤櫓、京橋口門などは、空襲で焼失しました。ナイス0

 

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